東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5830号 判決 1989年7月31日
原告
高野和男
右訴訟代理人弁護士
山本真一
同
井上幸夫
被告
株式会社日証
右代表者代表取締役
大塚泰正
右訴訟代理人弁護士
堀場正直
同
松尾孝直
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が被告に対し、労働契約に基づく権利を有することを確認する。
2 被告は原告に対し、金一一九万九九四〇円及び昭和六一年五月以降毎月一〇日限り金一九万九九九〇円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第二項につき仮執行宣言。
二 被告
主文同旨。
第二当事者双方の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和三八年四月一〇日、手形割引等の金融業を主たる事業とする被告に営業社員として入社し、昭和四〇年六月二〇日以降、東京支社蒲田営業所に勤務していた。
2 被告は、原告に対し、昭和六〇年一〇月二三日付け解雇通告書により、営業社員就業規則(以下「就業規則」という。)六条一項ないし三項、五項ないし八項、一〇項、一三項、一四項、二〇項違反の行為があったので、同規則二四条五項により昭和六〇年一〇月三一日付けをもって解雇する旨を通告した。
3 しかし、原告には、右解雇通告書記載の条項に該当する解雇事由はなく、本件解雇は無効である。
4 原告の賃金は、固定給と歩合給とからなり、固定給は付加給を含めて一か月六万五〇〇〇円であるが、解雇以前六か月間の歩合給の合計は八〇万四五九八円、一か月平均一三万四九九〇円である。賃金は、毎月末日締め、翌月一〇日支払である。
5 よって、原告は被告に対し、労働契約に基づく権利の確認と昭和六〇年一一月分から昭和六一年四月までの賃金一一九万九九四〇円及び昭和六一年五月分以降の賃金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否及び抗弁
1 請求の原因1は、原告の入社月日を除き、認める。入社月日は昭和四〇年六月五日である。同2は認める。同3は争う。同4は認める(ただし、一か月平均歩合給は一三万四〇九九円である。)。同5は争う。
2 抗弁
(1) 原告は、被告の営業社員として、手形の売却、割引を求める顧客、或いは手形の買入れを求める顧客と被告を結びつける業務に従事し、その間の成約に応じて一定の歩合給の支給を受けていたが、被告の再三の注意にも拘らず、就業規則六条に定める服務条項を遵守せず、同条項に違反する行為を繰り返してきた。
就業規則六条の定める服務条項と原告の行為の内容は、以下のとおりである。
(2) 就業規則六条の定める服務条項「営業社員は、次の事項を遵守しなければならない。
一 会社の名誉を害し、会社の信用を傷つけ、その他会社に損害を与えるような行為をしないこと。
二 不正不義の行為をし、営業社員としての体面を乱さないこと。
三 他の同業者の業務に従事し、又は関与し、若しくは取引をしないこと。
五 手形の売買、金銭の貸借を自己の計算において行い、又はこれらの媒介をなし、若しくはこれらの行為について保証をしないこと。
六 顧客から手形を預かる場合は、必ず会社発行の預り証により受領し、名刺その他の用紙をもって預り証に代えないこと。
七 取引先、割引レート、その他会社の機密に属する事項を漏洩しないこと。
八 取引の際、先方に対し、事実の説明を怠り、若しくは不実の説明をし、その他顧客の不信を買うような言動をしないこと。
一〇 取引先から受け取った手形、有価証券、関係書類、現金等は、必ず当日の営業時間内に提出すること。
一三 業務外の金銭取引、その他証書類等に会社の名称を使用しないこと。
一四 勤務時間中に自己の業務に関係のない事項を取り扱わないこと。
二〇 業務用の備品、消耗品、電話等は大切に取り扱い、経費の節約に努める共に、許可なく私用に供さないこと。」
(3) 原告の行為の内容
(一)向井建設関係
被告は、昭和五六年一二月三〇日、向井建設株式会社(以下「向井建設」という。)振出しの額面八〇万円の約束手形一通を割り引き所持していたが、右手形は不渡りとなった。そこで、被告は、向井建設が不渡り処分を免れるために預託した預託金返還請求権八〇万円について仮差押を申請し(横浜地裁昭和五七年(ヨ)第三八三号)、昭和五七年三月二七日、その旨の決定を得た。
ところが、原告も、就業規則六条五項に違反して、向井建設振出しの約束手形三通(額面は七〇万円、三五万円、一〇〇万円)を自己の計算で割り引き所持しており、これらが不渡りとなると、向井建設が不渡り処分を免れるために預託した七〇万円と三五万円の預託金返還請求権について仮差押を申請してその決定を得た(同地裁昭和五七年(ヨ)第三四八号)ほか、預託金が預託されていなかった一〇〇万円の約束手形については、右預託金返還請求権と併せて被告が既に仮差押をしている前記八〇万円の預託金返還請求権に対しても仮差押をするに至った(同地裁昭和五七年(ヨ)第七六八号)。その結果、八〇万円の預託金返還請求権については、原告と被告の仮差押が競合することとなった。
もっとも、原告は、被告の申入れに従って右八〇万円の預託金返還請求権に対する仮差押申請を取り下げたため、実害は生じなかったが、その危険性は具体的に発生していたものであり、また、仮差押の競合により配当手続に入ることとなったため、債権の回収が一か月余り遅延する結果となった。
(二)小竹関係
原告は、昭和五五年三月二〇日ころ、小竹康之助(以下「小竹」という。)より、陽興ハウス株式会社(以下「陽興ハウス」という。)振出しの約束手形二通(額面合計三〇〇万円)の割引依頼を受けたが、右会社は既に被告の割引制限基準を越えていたため、被告の名及び計算をもってしては割り引くことができない状態であった。そのため、原告は、右約束手形を被告の名及び計算で割り引くことをせずに、就業規則六条五項、一〇項に違反して、自ら他の割引業者に交渉して割引をしてもらい、もって、原告の名及び計算で手形の割引の媒介をした。
のみならず、原告は、昭和六〇年三月ころ、小竹から、右割引金を着服横領したとの理由で損害賠償の訴えを提起されたが、その際、被告も使用者責任があるとして共同被告とされ、名誉及び信用を著しく傷つけられた。原告の右行為は、就業規則六条一項ないし三項、八項に該当する。
(三)長谷川関係
被告は、昭和六〇年四月、長谷川武彦(以下「長谷川」という。)から、「有限会社関口工業(以下「関口工業」という。)振出しの約束手形(額面二三八万円)一通の割引媒介方を原告に依頼したが、約定の期日を過ぎても実行されないので困っている。原告の勤務時間中のことでもあるので、被告において善処されたい」旨の申入れを受けた。
原告の右行為は、就業規則六条一項ないし三項、五項、六項ないし八項、一三項に該当するものである。
(四)ちよだ興行関係
原告は、昭和五七年、株式会社信昭工業所(以下「信昭工業所」という。)振出しの額面二二六万円の約束手形及び東神電機株式会社(以下「東神電機」という。)振出しの額面一四〇万五〇〇〇円の約束手形各一通がいずれも融通手形であることを知りながら、就業規則六条五項に違反して、各手形所持人のために、実体のない三葉電気工業株式会社(以下「三葉電気工業」という。)の代表取締役青木新六(以下「青木」という。同人は生活保護を受けていて支払能力を有していない。)に依頼して同会社の付け裏書をさせた上、右各約束手形をいずれも事情を知らないちよだ興行株式会社(以下「ちよだ興行」という。)に割り引くよう媒介した。
その後、右各約束手形が不渡りとなると、ちよだ興行は、三葉電気工業と青木を相手取り、約束手形金の請求訴訟を提起したが(東京地裁昭和五七年(手ワ)第七〇七五五号)、被告は、右訴訟の和解に利害関係人として参加し、昭和五八年五月一二日、ちよだ興行に対して手形金合計三六六万五〇〇〇円の支払義務を負担するに至った。
(五)成田関係
被告は、昭和六〇年一一月一一日、成田豊秋(以下「成田」という。)から、「私が手形借入れの担保のために原告に差し入れた、振出日、金額がいずれも白紙の小切手が、手形借入金を弁済したのに、返却してもらえないでいたところ、同月五日、金二二〇万円と記入された右小切手が突然他から振り込まれて困惑している」旨の申入れを受けた。
原告の行為は、就業規則六条一項ないし三項、五項、八項、一〇項に該当する。
(4) 右のように、原告は、常習として、就業規則六条所定の服務条項に違反して被告の名誉、信用を棄損し、多大な経済的損害を与えてきており、特に、同条五項に常習として違反するなど、違反の質、程度も悪質である。しかも、被告の再三、再四にわたる注意を無視してきたことからすれば、原告が、今後も就業規則に違反して被告に有形、無形の損害を与える恐れは極めて大である。
よって、被告がした本件解雇は正当であって、その無効をいう原告の請求は理由がない。
三 抗弁に対する原告の認否及び主張
(1) 営業社員の業務の内容、歩合給及び就業規則の定める服務条項は認めるが、その余は争う。
(2) 向井建設関係について
被告が向井建設振出しの約束手形一通を割り引き所持していたこと、これが不渡りとなって仮差押をしたこと、原告が向井建設振出しの額面七〇万円、三五万円、一〇〇万円の約束手形三通を所持していたこと、そして、これらが不渡りとなって仮差押をしたところ、同一の預託金返還請求権に対する仮差押が被告と競合したこと、原告が右競合に気付いて仮差押申請を取り下げたこと、被告に実害は生じなかったことは、いずれも認めるが、その余は不知ないし否認する。
原告は、被告が向井建設振出しの約束手形を所持していたことは、当時は知らずにいたものであり、また、原告は、同僚の佐藤某から依頼されて自己資金を融通し、その担保として向井建設振出しの約束手形を預かったものであって、就業規則六条五項に違反するものではない。
(3) 小竹関係について
原告及び被告が小竹から損害賠償請求の訴えを提起されたことは認めるが、陽興ハウス振出しの額面合計三〇〇万円の約束手形は存在しない。小竹の提起した右訴訟は、原告が小竹から懇願されて虚偽の事実を記載して交付した念書(<証拠略>)が悪用されたもので、事実、右訴訟を維持することができなくなった小竹は、昭和六一年九月二二日にこれを取り下げている。
原告と小竹との間では、原告が小竹から、額面二五〇万円と一五〇万円の二通の約束手形の割引依頼を受けたが、被告では割引することができないため、他の割引先からの割引金と原告の割引金を分割して交付したが、小竹の会社が倒産して消息不明となったため、二二万二〇〇〇円が未交付のままになっているものである。
(4) 長谷川関係について
被告が、長谷川から、その主張するような申入れを受けたことは不知、その余は争う。
原告は、長谷川を小坂正に紹介し、長谷川が小坂に対し、被告では割り引くことのできない関口工業振出しの約束手形の割引を依頼したもので、原告が割引に関与したことはない。
(5) ちよだ興行関係について
被告主張の約束手形が三葉電気工業の裏書を経てちよだ興行で割り引かれたこと、右手形が不渡りとなったこと、ちよだ興行が提起した訴訟で被告主張の和解が成立したことは、認めるが、その余は否認する。
原告は、青木から右約束手形の割引を依頼されたが、被告の割引限度額がないため、同僚の石井幹夫を通じてちよだ興行に紹介し、青木が直接にちよだ興行に割引を依頼したものである。
(6) 成田関係について
成田が被告を訪れたことは認めるが、その余は不知。被告主張の小切手は、原告が成田に金を貸した際の担保として期日、金額が記入されたものを受け取ったもので、右貸金は返済されなかった。
右小切手は、その後、原告が他から借金した担保として預けていたところ、その者が振り込んだものである。
四 再抗弁
(1) 本件解雇は、被告の全営業社員が行っている「通行為」を理由としたもので、解雇権の濫用に当たり無効である。
ここに通行為とは、営業社員が顧客の持ち込んだ手形の割引を自らの計算で行うか又は被告以外の業者に紹介する行為であって、割引を希望する顧客から預かった手形が被告の審査により割引不適格と判断され又は割引限度額を越えているため被告では割引ができない場合に、顧客の希望に応じて行われるものである。被告が解雇事由として主張する原告の行為は、いずれも、右の通行為に該当する。しかし、通行為は、継続的に被告を利用してくれる顧客を掴むために、被告の創立以来、全営業社員が個人の責任と負担で行ってきたもので、むしろ被告の売上げに貢献しており、被告もこのことを十分に承知し、半ば公然と認めてきたのである。しかも、一か月の固定給が六万五〇〇〇円という低額の保証しかない営業社員としては、通行為により顧客を確保することが家族の生活を維持するためにも不可欠なものである。
したがって、通行為は、就業規則の服務条項に抵触するとしても、せいぜい、譴責か減給処分に止まるべきものであって、事実、従来はそのように処理されてきたのであるから、解雇事由に該当するとはいえず、したがって、これを理由として行った本件解雇は、解雇権の濫用に当たり無効である。
(2) 被告には、昭和三九年に結成された総評全国一般日証労働組合があり、原告は、結成当時からの組合員であって、昭和五九年九月二〇日から昭和六〇年九月一九日まで組合の執行委員長に選任されるなど、熱心に組合活動を行ってきた。被告がした本件解雇は、このような原告を嫌悪し、社外に排除する意図でされも(ママ)ので、不当労働行為として、労組法七条一号、三号に違反して無効である。
五 再抗弁に対する認否
(1) 通行為が原告主張のような内容のもので、就業規則の条項に抵触することは認めるが、その余は否認する。通行為は、手形の割引等を希望する顧客と被告とを結び付けることを業務とし、その間の成約に応じて一定の歩合給の支給を受けている営業社員が、被告とは別個に自ら手形割引等をすることにほかならないから、被告がかかる競業関係に立つ行為を禁止し、これに違反した者を秩序維持のために企業から排除し得ることは、当然のことである。
(2) 原告が、組合結成当時からの組合員であること、一年間その執行委員長に選任されるなどの組合活動を行ってきたことは、いずれも認めるが、その余は争う。
第三証拠関係(略)
理由
一 当事者間に争いのない事実
原告が、手形割引等の金融業を主たる事業とする被告の営業社員として入社し、昭和四〇年六月二〇日以降、東京支社蒲田営業所に勤務していたこと、営業社員が、手形の売却、割引を求める顧客、或いは手形の買入れを求める顧客と被告を結びつける業務に従事し、その間の成約に応じて一定の歩合給の支給を受けていること、被告が原告に対し、昭和六〇年一〇月二三日付け解雇通告書により、就業規則六条一項ないし三項、五項ないし八項、一〇項、一三項、一四項、二〇項違反の行為があったとして、昭和六〇年一〇月三一日付けをもって解雇する旨を通告したこと、右就業規則の定める服務条項が被告主張のとおりであること、以上の事実は、いずれも、当事者間に争いがない。
二 解雇事由の存否
1 向井建設関係
被告が昭和五六年一二月三〇日に向井建設振出しの額面八〇万円の約束手形一通を割り引き所持していたこと、原告が同じく向井建設振出しの額面七〇万円、三五万円、一〇〇万円の約束手形三通を所持していたこと、その後、右約束手形がいずれも不渡りとなったため、被告と原告が向井建設において不渡り処分を免れるために預託した預託金返還請求権について仮差押をしたところ、被告が先に仮差押をした八〇万円の預託金返還請求権について両者の仮差押が競合するに至ったこと、その後、原告が右八〇万円の預託金返還請求権についての仮差押申請を取り下げたため被告に実害が生じなかったことは、いずれも、当事者間に争いがない。
(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告が所持していた右約束手形三通は、原告が同僚の依頼を受け自己資金を支出して割り引いたものであること(「代物弁済として受け取った」との部分もあるが、原告が自己資金を支出して手形上の権利を取得した実質に変わりはない。)、原告は、昭和五七年一一月一六日付けで、被告に対し、手形取得から仮差押に至るまでの経過のほか、「管理の金子課長の話で初めて被告の債権とかかわりのあることを知ったこと、会社業務優先を原則と考えて仮差押申請を取り下げたこと、今後このような事態が起こらないよう前向きの業務に奮進すること」との趣旨を記載した顛末書を作成して提出したこと、原告が、右のような顛末書を提出し、以後同じことを繰り返さないことを約束したことから、被告としては、特に処分をしないで今後を見守ることとしたことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用しない。
右によれば、原告は、被告の営業社員としての業務に従事しながら、自己の計算で額面合計二〇五万円の約束手形の割引をしたことになり、就業規則六条五項に該当する行為があったことになる(就業規則六条五項の規定は「手形の売買」を禁止するのみであるが、その趣旨からして「手形の割引」ないし「代物弁済による取得」をも含めて差し支えない。)。
2 小竹関係
原告が、昭和六〇年三月、小竹から、約束手形の割引金を着服横領したとの理由で損害賠償の訴えを提起されたこと、その際、被告も使用者責任があるとして共同被告とされたことは、当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、右訴えは、「小竹が、昭和五五年三月二〇日ころ、原告に対し、額面一五〇万円の約束手形二通の割引を依頼したところ、原告は、右手形を他に譲渡しながら代金を交付せずに着服横領し、小竹に同額の損害を与えたが、原告の右行為は被告の業務として行ったものであるから、被告は民法七一五条により使用者責任を免れない」というもので、右訴えの根拠となったのは、原告が、昭和五九年七月一〇日付けで、小竹に対し、「原告は、手形割引のため、額面一五〇万円の約束手形二通を預かったが、金に困り、全て割り引いて使ってしまった、貴殿より何回も催促されて現在に至ったが、同年七月二七日まで必ず返済する」旨を記載した念書を作成して交付したことによること、右訴えは、本件解雇後の昭和六一年九月二二日付けで取り下げられたことがそれぞれ認められる。
もっとも、(証拠略)原告本人尋問の結果によれば、原告が小竹から割引依頼を受けたのは、額面二五〇万円と一五〇万円の約束手形各一通であって、右念書記載の額面一五〇万円の約束手形二通は存在しないこと、右二五〇万円と一五〇万円の約束手形も、被告では割り引くことができなかったことから、昭和五五年八月から同年一二月にかけて、他の割引業者からの割引金と原告の割引金とを合わせた合計二六七万円を交付したが(原告は約一〇〇万円を支出)、小竹の会社が倒産して消息不明となってしまったため、現在も二二万二〇〇〇円が未払となっていること、原告は、右手形の割引を他の業者に依頼するに当たって日歩一銭の紹介料を取っていること、小竹が訴訟の根拠とした右念書は、債権者対策上必要だからと懇請されて(もっとも、原告本人尋問の結果中には、今後の仕事上の利益に対する配慮の方が大きかったと述べた部分もある。)虚偽の事実を記載して交付したものであることがそれぞれ認められる。
右によれば、原告は、額面合計四〇〇万円の約束手形の一部を自己の計算で割り引きその余の割引を他の業者に紹介したものであるから、就業規則六条三項、五項に該当する行為があっただけでなく、その割引に関連して虚偽の念書を作成して相手方に交付したため、被告までが訴訟の相手とされて応訴を余儀なくされるに至ったもので、同条一項、二項に該当する行為があったことになる。そして、(証拠略)によれば、原告は、小坂から訴えが提起された直後の昭和六〇年四月三〇日付けで、「会社に関係なく私個人の出来事を会社に波及させた事は、自分の不徳の致すところであり、深く反省して居ります」と記載した顛末書を作成して被告に提出していることが認められる。
なお、(証拠略)には、原告が虚偽の念書を作成したのは小竹から強要されたためであるかのような記載があるが、(証拠略)原告本人尋問の結果によれば、右事実があったとは認められない。
3 長谷川関係
(証拠略)によれば、原告は、昭和六〇年一月、長谷川の依頼を受け、関口工業振出しに係る額面二三八万円の約束手形一通の割引を愛知県在住の小坂正に仲介したが、割引金の交付がなかったことから、長谷川の申入れを受けた原告は、「昭和六〇年三月二七日まで処理する」旨を記載した書面を作成して交付したこと、しかし、原告が右期限までに約束の処理をしなかったため、長谷川は、昭和六〇年四月四日、被告を訪れ、被告の社員である原告を信用して手形を渡したのであるから被告に責任がある旨を申し入れたこと、しかし、被告の方で原告と連絡が取れないでいるうちに原告自身において処理したため、被告にはそれ以上の責任追及がなく終わったことがそれぞれ認められる。
なお、(証拠略)によれば、長谷川は、原告の要請を受け、本件解雇後の昭和六一年一一月二五日付けで、「私は、関口工業の約束手形の割引を小坂に依頼したもので、原告や被告に特別の申入れをしたことはない」旨の陳述書を作成して交付していることが認められるが、右に認定した事実、特に原告自身が長谷川に対して善処を約束する書面を作成し交付していることと符合しないもので、採用することができない。
右事実によれば、原告は、就業規則六条三項、五項に該当する行為をし、また、書面による約束を期限まで実行しなかったため、被告がその相手方から責任を追及されかかったもので、同条一項、八項に該当する行為をしたことになる。
4 ちよだ興行関係
昭和五七年、信昭工業所振出しの額面二二六万円の約束手形及び東神電機振出しの額面一四〇万五〇〇〇円の約束手形各一通が、いずれも三葉電気工業の裏書を経た上で、ちよだ興行で割り引かれたこと、ところが、右手形がいずれも不渡りとなったことから、ちよだ興行が、三葉電気工業とその代表者を相手取り手形金の支払を求める訴訟を提起したこと、原告が、右訴訟に利害関係人として参加し、昭和五八年五月一二日付け和解において、ちよだ興行に対し手形金合計三六六万五〇〇〇円の支払義務を負担したこと、以上の事実は、いずれも、当事者間に争いがない。
そして、(人証略)と原告本人尋問の結果によれば、原告は、三葉電気工業の代表者である青木の依頼を受けて右二通の約束手形の割引をちよだ興行に紹介したもので、紹介料として日歩一銭五厘を取っていること、原告が利害関係人として訴訟に参加し手形金の支払義務を負担したのは、ちよだ興行の担当者から頼まれたためであること、被告が右和解の経緯を知ったのは、昭和六〇年一〇月上旬、ちよだ興行から、原告に対する債権の回収が滞って困っている旨の連絡があったことによることがそれぞれ認められ、右事実によれば、原告は、就業規則六条三項、五項に該当する行為をしたことになる。
5 成田関係
(人証略)によれば、原告は、成田の依頼を受け数回にわたり約束手形の割引をしたことがあったが、昭和五九年一一月ころ、保証として預かった額面二二〇万円の小切手を他に譲渡したことから、それが取立てに回されて不渡りになったこと、そのため、成田は、昭和六〇年一一月五日、被告を訪れて苦情を申し入れたが、被告の扱いではないとして被告の責任を否定されたこと、そこで、成田は、直接に原告と会い善処を求めたが、原告から「少し待って欲しい」といわれてそのままとなっていることが認められる。この点につき、原告本人尋問の結果中には、成田との間では、同人から小切手を預かって金を貸したことがあるのみで、約束手形を割り引いたことはなく、しかも、貸金の返済も完了していないと述べた部分があるが、返済未了の状態にある成田がわざわざ被告を訪れ当該小切手の不渡りについて苦情を申し入れたというのは、いかにも不自然であるし、また、原告が貸金の返済を迫ることもなしに放置していたとも考え難いから、右供述は採用することができない。
右事実によれば、原告は、自己の計算で手形の割引をしたか又はその紹介をし、しかも、これに関連して預かった小切手を他に譲渡したことから、不渡りに陥った相手万が被告を訪れて苦情を申し入れるに至ったもので、就業規則六条二項、三項、五項に該当する行為があったことになる(仮に、原告本人尋問の結果にあるように、右小切手は原告が成田に金を貸した担保として受け取ったものであるとしても、金銭の貸借を自己の計算で行ったものとして、就業規則六条五項に該当することに変わりはない。)。
なお、(証拠略)によれば、成田は、本件解雇後の昭和六一年一一月一七日付けで、「私は、資金調達等について原告に大変世話になったことはあるが、迷惑をかけられたり困惑したことは一度もありません」との陳述書を作成し、原告に交付していることが認められるが、前述した成田の行動と相容れない上に、証人成田豊秋の証言によれば、右陳述書は、原告から「悪いようにしないから」と頼まれて書いたものであることが認められるから、上記認定の妨げとはならない(むしろ、<証拠略>は、前記の<証拠略>と共に、原告が、本件解雇に対抗するために、事実に反する工作をしたことを意味するものである。)
三 解雇の効力
1 前段で見たところによれば、原告は、昭和五五年から昭和五九年までの間に、前後五回にわたり、就業規則の定める服務条項に反して、自己の計算で手形の割引を行い、又はその紹介をしたもので、回数も少なくない上に、右紹介に際しては手数料を取得したことがあり、また、自己の計算で手形の割引をする場合に割引料等の利益を取得していることは、取引の態様から容易に推認されるところであって、原告も明らかに争わないところである。結局、原告は、被告の営業社員として、手形の売却、割引を求める顧客と被告を結びつける業務を担当し、その間の成約に応じて一定の歩合給の支給を受けながら、その一方で、自らもまた手形の割引やその紹介をすることによって利益を取得していたことになる。そして、右のような態様の手形の割引及びその紹介は、被告の事業経営の根幹に係わる背任的行為であって、許容される余地のないものであることは、いうまでもない。
しかも、原告は、向井建設の振出しに係る約束手形の割引が判明した機会に、被告に対して顛末書を提出し、以後同じことを繰り返さない旨の約束をしながら、その後も、同種行為を繰り返したばかりでなく、右割引等に関連して、相手方に虚偽の内容を記載した書面を交付し或いは書面でした約束を遵守しなかったなどのため、被告までが使用者責任があるとして提訴されるとか又は直接に苦情が申し入れられる事態も生じたのである。もっとも、被告としては、最終的な責任を負担するには至らなかったが、右のような事態が生じた結果、その名誉や信用を害されると共に、応訴の準備や弁護士費用負担の上で少なからぬ不利益を被ったであろうことは推認に難くないところである。
2 一方、(証拠略)によれば、被告は、就業規則に「服務規律」の一章を設け、営業社員の遵守すべき合計二一項目の服務条項を定め、その中で「他の同業者の業務に関与すること」(六条三項)、「手形の売買、金銭の貸借を自己の計算で行い、又は、その媒介をすること」(六条五項)を禁止すると共に、昭和五一年一二月には、右後者の違反を理由とする懲戒解雇を有効とした裁判の内容を回覧し、昭和五九年三月には就業規則の定める服務条項を記載した通達を発するなどして、特に自己の計算による手形の割引及びその紹介等をしないように営業社員の注意を喚起していたことが認められるから、原告は、このような営業社員としての服務条項に違反すると共に被告の注意をも無視したことになり、したがって、その責任は決して軽くはないといわなければならない。
3 そして、(証拠略)によれば、営業社員が就業規則その他被告の定める諸規則に違反したときは、譴責、降格、減給、出勤停止、諭旨解雇のいずれかに処する旨が定められているところ(二五条)、被告が原告に対する懲戒処分として論旨解雇を選択したことは、上述した行為の種類、態様、回数、被告に及ぼした不利益及び営業社員としての服務条項の性質、内容等に照らし、誠に止むを得ないところであって、それが解雇権の濫用又は不当労働行為にわたるものでない限り、有効と解するのが相当である。
四 解雇権の濫用及び不当労働行為の成否
1 原告は、本件解雇は、被告の全営業社員が行っている通行為を理由としたもので、解雇権の濫用に当たり無効であると主張する。
(1) ここに通行為とは、営業社員が、顧客の持ち込んだ手形の割引を自己の計算で行うか又は被告以外の業者に紹介する行為であって、被告が解雇事由として主張している原告の各行為がこれに当たることは、当事者間に争いがない。
そして、原告の主張によれば、かかる通行為は、顧客の持ち込んだ手形が被告の審査により割引不適格と判断され又は割引限度額を越えているため被告では割り引くことのできない場合に、顧客の希望に応じて行われるもので、継続的に被告を利用してくれる顧客を掴むために、被告の創立以来、全営業社員が個人の責任と負担で行ってきたもので、むしろ、被告の売上げに寄与しており、被告もこのことを十分に承知し、半ば公然と認めてきたというのである。
(2) しかし、原告は、被告の営業社員として、手形の売却、割引を求める顧客と被告を結びつける業務を担当し、その間の成約に応じて一定の歩合給の支給を受けながら、その一方で、自らもまた手形の割引やその紹介をすることによって利益を取得していたことは、前述したとおりである。そして、かかる行為は、被告の事業経営の根幹に係わる背任的行為であって、両立することのできないものであることはいうまでもなく、被告がその存在を知りながら放置していたとか、又は半ば公然と容認してきたものとは、本件の全証拠によっても認めることができない。
もっとも、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五九年ころ、当時の蒲田営業所長から、被告では割り引くことのできない同所長の友人の手形を他の業者に依頼して割り引いてくれるように頼まれた事実のあることが認められるから、被告の管理者自らが通行為の存在を認識して利用したといわれても致し方ないところがある。しかし、右営業所長自らが紹介料を取得したとか又は原告がそれを取得するのを容認していたことまでを認めるに足りる証拠はなく、したがって、右事実と本件とを同列に論ずることはできない。
また、原告は、継続的に被告を利用してくれる顧客を掴むための効用をいうが、一旦割引不適格と判断され又は割引限度額を越えているため被告では割り引くことのできないような手形を持ち込んだ顧客が、将来、割引適格があるか又は割引限度内にある別の手形を持ち込む可能性がどの程度まであるのかが明らかでなく、したがって、通行為が被告を継続的に利用してくれる顧客を掴む効用があるとは直ちには認めることができない。
(3) 次に、原告は、通行為の対象となるのが被告の審査により割引不適格と判断され又は割引限度額を越えているため被告では割り引くことのできない手形だけであるかのように主張するが、実際上、通行為がそのような手形のみに限定されていることを認めるに足りる証拠はない。そして、対象となる手形が割引適格があるか又は割引限度内のものである場合の弊害については、改めて説明するまでもないところである。また、仮に割引適格がないか又は割引限度額を越えている手形であっても、営業社員が割引料や紹介料を取得する限り、被告の業務を処理する中で自己の利益を図るという弊害を避けることはできないし、他の業者に対してその割引を紹介することは、同業者の業務に関与することになって、間接的ではあるが、被告の事業経営に影響を与える危険性があることも、否定することができない。したがって、被告が対象となる手形の如何を問わず一律に通行為を禁止していることに不合理はなく、たとえ、本件で問題となっている手形の中に割引不適格と判断されたか又は割引限度額を越えているため被告では割り引くことのできない手形が含まれているとしても、その故をもって違法性がないとか又は小さいということはできない。
(4) また、営業社員が自己の計算で割り引き又は他の業者に割引を紹介した手形に関して何らかのトラブルが発生した場合には、それが被告の業務を処理する過程で行われる以上、被告が第三者から責任を追及されるとか何らかの対応を迫られる危険性があることも見やすいところである。そして、被告がかかる危険性を甘受しなければならない筋合いはないから、被告が右のような手形の割引或いはその紹介を禁止し、これに違反した者の責任を追及したからといって何ら異とするに足りない。本件で問題となっている小竹、長谷川及び成田関係の各行為は、いずれも右の危険性が現実化したものであるから、原告が被告から右行為に対する責任を追及されたからといって、被告の態度を不当とすることはできない。
(5) ところで、(人証略)、原告本人尋問の結果中には、被告の全部ないしは殆どの営業社員が通行為を行っていると述べた部分がある。しかし、いずれも抽象的で具体的な内容は明らかでないし、仮に営業社員の中に通行為を行っている者が少なくないとしても、本件における原告と同じ程度、態様の通行為を行ったにも拘らず何らの処分を受けないとか又は譴責、減給などの軽い処分で済んだ者のいることまでを認めるべき証拠はない。もっとも、(人証略)中には、被告のある営業社員の行った一〇件以上の取引について、税務上それが社員個人の行為か被告の行為かが問題になった事例があり、その社員に対する処分が譴責か減給のいずれかであったと述べた部分があるが、最終的に何件の取引が社員個人の行為即ち通行為と認定されたのか、また、その行為の態様、結果はどのようなものであったかが明らかでなく、したがって、右証言のみでは原告に対する本件解雇との間に不均衡があると断ずることはできない。
(6) なお、原告は、一か月の固定給が六万五〇〇〇円という低額の保証しかない営業社員にとっては、通行為により顧客を確保することが、家族の生活を支えるために不可欠なものであると主張する。そして、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、昭和六〇年後半ころにおける被告の営業社員の一か月平均の歩合給は、七〇万円を越している者もいるが、一五万円から三〇万円程度の者が圧倒的に多く、五万円から一〇万円程度の者も少なくはなく、中には一万円にも満たない者もいること、原告の昭和六〇年八月から一〇月までの歩合給は、それぞれ、一四万一七二五円、二二万一七八五円、二三万〇九一五円であって、営業社員を全体として見た場合、その歩合給はそれほど高額なものではないことが認められる(<人証略>には、原告が勤務していた当時の営業社員の歩合給は、一か月平均二〇万円から三〇万円の間であったと述べた部分があるが、具体的な根拠は明らかでない。)。
しかし、原告自身について見ると、向井建設関係では額面合計二〇五万円の手形を自己資金で割り引き、小竹関係では約一〇〇万円の割引金を支出していること、また、ちよだ興行関係では合計三六六万五〇〇〇円の支払義務を負担していることは、前述したとおりであるし、(証拠略)によれば、原告は、昭和五八年三月には、富二産業こと飯田勲振出しに係る額面一〇〇万円の約束手形一通を取得して所持していたことが認められる。右事実によれば、原告は、被告の業務を処理する一方で、相当額の自己資金を動かしていたことが明らかであって、通行為をしなければ家族の生活を支えることができないような状況にあったとは、到底、認めることができない。現に、(人証略)によると、本件解雇後に各種の通達が出たことや手形業界そのものが下火になったこともあって、現在では営業社員も通行為をしている様子はないとのことであるが、このことは、前記のような固定給制度のもとでも、通行為が営業社員の家族の生活を支えるために不可決のものではないことを意味するものである。
したがって、本件解雇が解雇権の濫用に当たり無効であるとはいえない。
2 原告は、次に、昭和三九年に結成された総評全国一般日証労働組合の当初からの組合員であり、また、昭和五九年九月から昭和六〇年九月一九日まで組合の執行委員長に選任されるなど、熱心に組合活動を行ってきたもので、本件解雇は、このような原告を嫌悪し社外に排除する意図でされたものであると主張する。そして、原告本人尋問の結果中には、これに符合する供述部分がないではない。しかし、本件における原告の行為は、組合活動とは何らの関係もないものであるし、他に原告が組合員であること又は組合役員であるとの理由で特に重い処分が行われたことを推認させる確たる資料もないから、右供述のみでは原告の右主張事実を認めることはできない。
したがって、原告主張の不当労働行為は認めることができない。
五 結論
よって、本件解雇は有効であって、その無効を前提とする原告の請求は理由な(ママ)いから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田豊)